傷を愛せるか

思想家のハンナ・アーレントは、「赦し」と「約束」について語っている。彼女はそれらが「再開の可能性への賭け」になるという。復讐にたいしての「赦し」、支配にたいしての「約束」。

復讐の代わりに「赦し」を、というのはわかりやすい。復讐とは過去のくりかえしであり、赦しは過去の呪縛からの解放になるからだ。では支配の代わりの「約束」とはどういうことなのか。[中略]「約束」とはそれ時代が100パーセント守られる保証はなく、夢であり、祈りであり、希望であり、信じることである。「約束」は、双方的な関係の中でのみ成り立つ。約束する側でなく、約束される側がそれを受け入れ、もう一度信じてみるという危険を冒すことによって、かろうじてそれは成り立つ。

[中略]

明日、天気になあれ。みんな、幸せになあれ。そう思い、そうつぶやく。そう囁き、そう歌う。

宮地尚子『傷を愛せるか 増補新版』ちくま文庫、2022年、59~60頁)