「雪」

本郷のキャンパスで夕方暗くなってから講義棟の外に出ると、
懐かしい風景が見えた。
街灯の黄色い明かりに照らされて、雪が積もっているように見えたのだ。
けれどそんなはずはない。
雪が降るにはまだ早いし、だいたい真冬でも東京でこんなに雪が積もることはない。
懐かしく見えたものは、銀杏の落ち葉だった。
銀杏の落ち葉が降り積もり、街灯に照らされて明るく光っていたのだ。
この時季キャンパスでは、落ち葉がそこら中に降り、雪のように積もっている。
銀杏のような紅葉した葉を見るたびに思うのだが、
まったく人の手が加わることなく自然がこのように変化するのは、
驚くべきことではないだろうか。
すくなくとも僕にとっては、どんなすばらしい芸術作品も、
どんな文学作品も、どんな科学的発明も、
自然にたいする驚きに勝ることはないだろうと思う。
春がくれば花が咲き、夏には蝉が鳴き、
秋になれば葉が色づき、冬がくれば雪が降る。
このことは、人が人を愛することができるのと同じくらい、
つねに驚くべきことでありつづけると思う。
ちょうど二年前のこの時季にも、銀杏の葉が雪のように見えたことがあった。
それは加藤周一が亡くなったときだったが、
あれからもう二年も経ってしまった。