チェーンメール

すこし前にNHKの「あさイチ」で、震災直後に出回ったチェーンメールのことが取り上げられていた。
番組の趣旨は基本的には、今回のようなチェーンメールによるデマには惑わされるべきではないということだった。
これは震災後多くのメディアで主張されてきた意見とだいだい同じものだと思う。
しかし僕にはこの意見にどうも納得がいかない。
なので今回のチェーンメール騒動についてすこし思うことを書きたい。
震災後に出回ったチェーンメールの代表例として番組で取り上げられていたのは、以下のメールだ。

工場勤務の方から。外出に注意して、肌を露出しないようにしてください。コスモ石油の爆発により千葉、首都圏の方へ。千葉の製油所、製鉄所の火災の影響で千葉、首都圏では、科学薬品の含まれた雨が降ることが予想されます。傘やレインコートの使用をお願いします!広めて!とりあえず広めて!雨にあたらないようにしてね!ほんとに危ないみたい。らしいです。とのことです。

このメールの文章は実際に知人から僕に送られてきたもので、番組で取り上げられてものとは内容が若干異なっているが、
ほぼ同じようなメールが首都圏で広く転送されたと思われる。
僕は友人からこのメールをもらい、すこし考えてから何人かの友人に転送した。
メールはところどころ日本語がおかしく、怪訝な部分もあったが、
信頼する人から転送されたものだったので、その点は差し引いて考えることにした。
結果的にあのメールはデマだったのかもしれない(しかしまったくデマだったかどうか、それも本当のところはわからないが)。
けれど今でもあのメールを転送したことが間違ったことだったとはまったく思っていない。
それは以下の理由による。
一言でいうと、転送した場合と転送しなかった場合とどちらが多くの人の利となるかと考えて、
転送した方がよいと判断した、というのがその理由だ。
もしこのメールの内容が間違っていたとしても、転送した方がよいと思っていた。
あのとき自分のなかで重要だったのは、二つの可能性を比較することだった。
1.まずメールの内容が正しい場合。
僕は経験的に考えてこのメールに書かれているような事態は十分に起こりうると考えた。
実家の鳥取では毎年春に黄砂が降る。
中国大陸から砂が風に乗って日本列島まで飛び、そのとき鳥取の空は濁った黄色になる。
その季節に雨が降ると、車には黄色っぽい砂が流れた跡がつく。
このメールを見たとき、中国大陸からでも砂が運ばれてくるのだから、
テレビで映されていた千葉のコンビナートの事故の煙が東京で雨になって降ってもおかしくはないだろうと考えた。
その場合には当然、有害物質を避けるため、なんらかの対処を取る必要がある。
ならばそのことを知人にも知らせるために、メールを転送すべきだということになるだろう。
2.しかしメールが間違っていた場合はどうか。
おそらく今回のチェーンメール問題で考えるべきだったのは、
このメールの事態が嘘だった場合、どういうことになるかということだろう。
つまりはこのメールが転送された人が、メールの内容を信じて化学物質の混じった雨から避難する措置を講じたとして、
もしそのような雨が降らなかった場合、現実にその人がどのような不利益を被るかということだ。
実際問題、そのような不利益はほとんどない。
避難措置といっても屋外退避か傘をさせばいいというだけのことだから、ほとんど労力はいらないし、お金もかからない。
だからメールの伝える内容がたとえ嘘であった場合でも、メールの内容を信じて行動する人がいてもほぼ問題はないということになる。
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1.と2.の可能性を比較して、1.の場合には人間に不利益をもたらすが、2.の場合にはメールを受け取った人たちに不利益をもたらすことはほとんどない。
だから僕はあのチェーンメールを転送した。
もちろん内容によっては転送すべきでないチェーンメールもあるだろう。
ただ今回思うのは、緊急時の個々人の判断や行動を「デマ」という名の下に一概に否定すべきではないということだ。
今回の震災直後のような例外的な状況で大切なのは、
常識的に考えて起こりうることに対して、可能なかぎり準備をしておくことではないだろうか。
だから今回のチェーンメールの事件について、否定的なことばかり言われるのはどうも解せない。
もちろん国内の秩序維持の役目を担う日本国政府にとっては(そして国営放送であるNHKにとっても)
国民の秩序を混乱させる情報が流通するのは困るのかもしれない。
しかし緊急時に身の安全を守るためには個々人はそんなことにかまっていられないし、かまうべきでもないように思う。