『エンディングノート』

米子市の近くにあるMOVIX日吉津という映画館で、『エンディングノート』を観てきた。
エンディングノート』は、末期がんの宣告を受け余命わずかとわかった父が亡くなるまでの姿を、
娘である砂田麻美監督が撮った映画だ。
タイトルにもなっている「エンディングノート」というのは、
余命を知った者が生きているあいだにやっておくべきことのリスト(To do List)を記入したもので、

1.神父を訪ねる
2.気合いを入れて孫と遊ぶ
3.自民党以外に投票してみる
4.葬式をシミュレーション
5.最後の家族旅行
6.式場の下見をする
7.洗礼を受ける
8.長男に引き継ぎ
9.妻に(初めて)愛してると言う
10.エンディングノート

この10項目が、父のやっておくべきことのリストとなっている。
このリストは映画のチャプターとも重ねられていて、
チャプターがひとつずつ進む形で映画は進行していく。
それは同時に映画が父の死へ向かって進んでいるということなのだけれど、
この整理された形式が、その過程をすこし軽やかな、淡々としたものに変えている。
僕がこの映画を見て驚いたのは、お父さんが最期までとても冷静で、しっかりして見えたことだった。
もちろん自分の死を前にした人間が、心底冷静でいられるわけはないだろう。
けれどお父さんはそのことをほとんど言葉や表情に出さなかった。
お父さんの言葉は最期まで、会社員時代と同じく「段取り」を踏んでいて、理性的で、潔かった。
自らの死を前にしたとき、その人のすべてが外に出てくると聞いたことがある。
このお父さんには芯から「段取り」が染み付いていて、
それが一貫した強さのようなものを与えていたにちがいないと思った。
おそらくいまの自分には、こんな最期を迎えることはできないだろう。
でもここまで見てきて、この映画はやはり砂田監督のお父さんという、
一人の人間のことを撮った映画なのだな、と思った。
「人の死」を描くためでもなく、末期医療について描くためでもなく、
かけがえのない近親者の生と死を描くこと、そのことによって監督自身の喪失の体験を整理すること、
それがこの映画の目的としたところではないかと思った。
そしてこんなことはいちいち言わなくてもいいことかもしれないが、
そのような個人的作業が誰か別の人間の心をも動かしたとき、それは一つの「作品」になるのだろうと思う。