世界の超越

で、学校から帰る前に公園に寄ってた。泣きべそかいて家に帰る訳にはいかないからね。公園には木があるのよ。今思うと木が語りかけてくれたんだと思う。「学校のクラスだけが世界じゃないよ。見てごらん、自分達を。もっと違う広い世界があるのよ。お前が生きていく世界がちゃんとあるのよ」と木が教えてくれた。その時どうして耐えられたかというと一つは今言ったようなこと、もう一つは本があったからなの。〔中略〕

中学二年くらいから文学書を読み始めたの。漱石とかゲーテだとかトルストイだとか、それを読み出すと世界が一変したね。当時は戦時中でビンタ張られるし、大変だったんだけど、そんな世界を超越できるんだ、家庭内には親がいるんだけど、親も超越できるんだ、自分は一個の独立した人格なんだ、そういう社会も家庭も超越できるんだ、という感覚を持ったね。それは非常に大きい、自分が生きていくうえでのね。いろんなことがあってもそれを超越する見方、いろんなことを相対化できる。そうすると学校での悩み、家庭での悩みいろんなことを超越できる。

渡辺京二『肩書きのない人生』弦書房、2021年、13~14頁)